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​オリンポス山の地形

​1. 全体的な特徴

まず始めに、オリンポス山の全体的な地形の特徴を把握しておきましょう。

 

図1は上空から撮影されたオリンポス山の全体図です。オリンポス山の幅は約600 km で、山頂には約60-80 kmの幅をもつカルデラと、PanbocheとKarzokという2つのクレータがあります(Mougnis-Mark, 2017)。山腹には溶岩が流れた跡が一面に広がっていますが、裾野の部分はBasal Scarpと呼ばれる高さが数千メートルにもわたる断崖によって周囲の地域と隔てられています。​

​図7

​図8

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図1:​ オリンポス山の全体図. 山頂にはカルデラと2つの大きなクレータがある。麓は傾斜20-40度,高さ数千メートルの断崖Basal Scarpが周囲を取り囲んでおり,山腹の山肌には魚の鱗のようなFlank Terraceが見られる.黄色の長方形は対応している図の領域.JMARSのMOLAデータを用いて作成.

図2は南北方向と東西方向における距離と標高を表した図です。この図を見ると、カルデラ周辺は他の地域に比べて平ら(傾斜が小さい)になっていることが分かります。その一方、Basal Scarpは傾斜が20-40度(例えばMcGovern and Morgan, 2009; Musiol et al., 2016)と他の場所に比べ急になっていて、傾斜角の分布(図3 a)から特に北西と南東に急斜面があることが分かります。間にある山腹の地表は凹面状になっており(図2)、標高が低くなるほど傾斜が小さくなっています。​Basa Scarpとは対照的に、山腹は傾斜が2-8度程度しかありません(McGovern and Morgan, 2009)。

オリンポス山標高断面図

図2:​ 南北方向(A-B)および東西方向(C-D)における断面の距離と標高.山頂周辺とBasal Scarpをのぞき,山腹は緩やかな凹面になっている.Mars Trekにて作成.

ただし、山腹の傾斜は標高とともに滑らかに変化しているわけではありません。山腹の傾斜角(図3 a)をよく見ると、わずかですがカルデラを中心に山腹の地表が魚の鱗のような波模様を打っていることが分かります。この地形はFlank Terraceと呼ばれており、火星の他の火山でも見ることができます。Flank Terraceの輪郭は、地表が押されて盛り上がったような急傾斜(8-16度)になっており(McGovern and Morgan, 2009)、重さで山が沈み込む(後述)ことによってできた地形であると考えられています。また、山腹は南東側の方が北西側のほうに比べて、傾斜がきつくなっています(図3 b) (McGovern and Morgan, 2009)。

傾斜と標高

図3:​ (a)傾斜角と (b)標高の分布.Basal Scarpは北西および南東の面で特に急傾斜になっている.山腹の傾斜角は北西側に比べて,南東側が大きい.等高線は200m間隔.JMARSのMOLAデータを用いて作成.標高のカラーバーはGoogle Marsより引用.さらに詳細な図は, 例えばMusiol et al. (2016)を参照.

​ここまではオリンポス山自体の地形ですが、山のさらに外側を見ると、オリンポス山の主に北から西にかけて(東と南にもある程度)、表面が粗くて平らな地形が何百キロメートルにもわたって広がっていることが分かります(図4)。この地形はAureole LobeやAureole Depositと呼ばれ、オリンポス山特有の地形となっています。新しい観測データを用いた解析によると、どうやらAureole Lobeは、もともとオリンポス山の山体を構成していた部分が崩れて滑り落ちることで、現在のような状態になったようです(後述)

Aureole Lobe

図4:​ オリンポス山の外側周辺の写真.主に山の北から西にかけて,粗い地表が広がり(黄色の領域),いくつかの舌状の地形がオリンポス山から伸びている(点線の部分).これはAureole Lobeと呼ばれ,有力な説としては,オリンポス山の斜面が崩壊してできたと考えられている(例えばMcGovern et al., 2004). JMARSのMOLAデータを用いて作成.

​これらの地形がどのようにして形成されたかについては、長い間議論が交わされてきました。現在有力な説としては、Flank Terraceは山が重みで下に沈み、表面が圧縮されてできたと考えられています(図5) (Byrne et al., 2009, 2013; Musiol et al., 2016)。火星や地球は、リソスフェアと呼ばれる弾性変形(ばねのように、力を加えると変形が起こり、力がなくなると元にもどる。力と変形量は比例)する浅い領域と、長いタイムスケールでは流体のような挙動を示すアセノスフェアに分かれており、火星のリソスフェアはオリンポス山が成長するにしたがい、山の重みで下にひずんでいったと考えられています(例えばIsherwood et al., 2013)。この過程で、山腹には圧縮する力がかかり、その結果逆断層ができて上に溶岩が流れることによってFlank Terraceになったと考えることができます(図5 b) (Byrne et al., 2009, 2013)。実際、実験室での模擬実験では、山体の沈み込みによってFlank Terraceと似たような地形ができることが確認されています(Byrne et al., 2013)。

次に、Basal ScarpとAureole Lobeの形成要因としては、山の縁が崩壊したためという説が有力視されています(McGovern et al., 2004; De Blasio, 2018)。どのようにして崩壊するかについては、最近では2つの考え方が提案されており、1つ目は、山が沈み込みおよび横滑りを起こすことで縁が急勾配になり、不安定になって崩壊したというものです(図5 b) (Byrne et al., 2013)。山腹に見られる正断層の地形の観測から、オリンポス山では沈み込みに加えて、山体が横に滑った可能性があることが指摘されてきました(McGovern and Morgan, 2009; Byrne et al., 2013)。山を横滑りさせる要因としては、浅いところにある水分を含んだ粘土層が、潤滑油のように摩擦を低下させたという説が挙げられています(McGovern and Morgan, 2009; Byrne et al., 2013)。崩壊を引き起こしたメカニズムとして挙げられているもう1つの説は、火星には過去海があった可能性があり、それがBasal Scarpの形成に影響を与えたというモデルです(図5) (De Blasio, 2011, 2012)。まだオリンポス山の標高が低い時、山の斜面を流れる溶岩は、途中で海と接触して冷やされることで、流れが遅くなってしまい、麓の部分は急斜面になります(図5 a)。そのあとにながれた溶岩も、急斜面の上部に重なることで、次々に勾配の大きな斜面が作られていき(図5 b)、不安定になった時点で崩壊した(図5 c)というのが海によるBasal Scarpの形成モデルです(De Blasio, 2012)。

 

どちらのモデルでも、滑り落ちた斜面はAureole Lobeになったと考えられています。写真から、各Aureole Lobeは異なる方向に積み重なっているのが見て取れるので(図4)、山体の崩壊も不安定になった箇所から随時発生していったと考えられます。ただし、1方向だけを見た場合でも、崩壊は一度に起きたのではなく、崩壊しては新たな斜面が作られ、それがまた崩壊を起こしたという可能性もあります(McGovern et al., 2004)。その辺りの事情はよく分かっていません。クレーター年代学(単位面積あたりにおけるクレーターの数から地表の古さを決める手法。一般的にはクレーターが多いほど地表は古い。詳しくは、例えばHartman and Neukum, 2001)による見積もりでは、一番新しいと思われる北側のAureole Lobeはおよそ25.4億年前に形成されたようです(Isherwood et al., 2013)

オリンポス山の地形の形成過程

図5:​ オリンポス山の地形の形成メカニズム.右側が海が関係しているモデル.左側が海が関係していないモデル.山が成長と共に下に沈んでいくことで,表面に圧縮するような力が発生し,Flank Terraceが形成されると考えられている.この過程で山の縁は,沈み込みおよび横滑り,もしくは水との接触で急斜面になり,下の低摩擦層(厚さ1km程度の粘土層が有力視されている)の影響で崩壊する.このとき,崩れた斜面がBasal Scarp, 滑り落ちた部分がAureole Lobeになる.

​ただし、斜面の崩壊には、急斜面ができるだけでは不十分であることが指摘されており(Weller et al., 2014)、山体の横滑りの要因ともなった厚さ1 kmほどの摩擦係数の低い粘土層が、Basal Scarpの発生にも寄与しているようです(Weller et al., 2014)。また、McGovern and Morgan (2009)による山体滑りのシミュレーションでは、粘土層の摩擦係数は山の北西側と南東側では異なっている可能性があるという結果が得られています。北西の方向に摩擦係数が低くなっているならば、斜面の崩壊は北西側で頻繁に起こることになり、これはAureole Lobeがオリンポス山の北から西にかけて広がっていることと整合的な結果になっています。McGovern and Morgan (2009)は、オリンポス山のある場所がもともと北西方向に傾いているため、粘土層も北西側のほうに厚く積もり、その結果摩擦係数が異なったという説を提案しています。北西と南東で山腹の傾斜が異なっているのも(図3)、このような横滑りの違いが影響しているのかもしれません(McGovern and Morgan, 2009)。

​2. 各領域の特徴

​次に山頂から山麓にかけて、各領域での地形の特徴を見ていきます。

​2.1. 山頂付近

​オリンポス山の山頂付近では、溶岩が流れた跡が300本以上も残されています(Mouginis-Mark and Wilson, 2018)。一つ一つの流れは長さが数キロメートルに及び、先端がカルデラに向かっていることから、溶岩はカルデラ周辺から流れ出たようです(Mouginis-Mark and Wilson, 2018)。しかし現在、オリンポス山の頂上付近には火口の痕跡は見られません。そのため、カルデラが陥没した際、火口は一緒に埋まってしまったものと考えられています(Mouginis-Mark and Wilson, 2018)。細いチャンネル状の溶岩の流れに加えて、山頂付近にはHummocky Unitと呼ばれる、幅数キロの細かい起伏に富んだ地形が見られます(Morris and Tanaka, 1994; Bleacher et al., 2007)。オリンポス山の地表を詳細に解析したBleacher et al. (2007)は、この地形は、流れた溶岩の上に (1):火山灰 (2):巻き上げられたダスト (3):凍った揮発性物質の3つが混ざって覆いかぶさったものであると推測しています。クレーター年代学の見積もりでは、山頂付近は約2.1億年前まで、溶岩や堆積物で表面が更新されていたようです(Werner, 2009)。

オリンポス山のカルデラ

図6:​ カルデラの地形とその標高.カルデラの底は6つのパテラに分かれている.左の図の数字はそれぞれのパテラの古さ.単位は[億年] .左の数値がNeukum et al. (2004), 右の数値がRobbins et al. (2011)による見積もり.Neukum et al. (2004)ではヘルメスパテラとデュオニュソスパテラをまとめて1つの領域としているため,デュオニュソスパテラ単独の年代はない.Mars Trekにて作成.

​カルデラは山頂から北に進んだ場所にあり(図1)、深さはどこから測るかにもよりますが、南側の縁と最も深い場所の標高差は3000メートル以上にもなります(図6)。つまり、カルデラのくぼみだけで、日本の高い山に匹敵するくらいの高低差があることになります。カルデラの底は、パテラと呼ばれる6つ(研究によっては5つ)の不連続な領域に分かれており、それぞれギリシャ神話におけるオリュンポスの神々の名前がつけられています(図6)。クレーター年代学の見積もりでは、6つのパテラはそれぞれ形成された年代が異なり、一番新しいのは1-1.4億年前にできたヘラパテラのようです(Neukum et al., 2004; Robbins et al., 2009)。これらの結果から、オリンポス山のカルデラは、だいたい2億年くらい前に、何回かに分けて陥没したと考えられています(Neukum et al., 2004; Mouginis-Mark, 2017)。

 

山頂の陥没が起きた(カルデラができた)原因としては、山体にあるマグマ溜まりの圧力が減ったためだと考えられています(Mouginis-Mark, 2017)。ただし、詳しい過程はよく分かっておらず、ハワイの火山との関連(Cole et al., 2005)から、山体の成長とともに頂上付近が脆くなったことや、マグマが横に広がったまたは下に引っ込んだためマグマ溜まりが枯渇したという考えに加え、最近では、数千キロにわたってマグマ溜まりから横方向にマグマが流れていったという考えが提案されています(Mouginis-Mark and Wilson, 2018)。Zuber and Mouginis-Mark (1992)は、カルデラの陥没が起きた時、マグマ溜まりの上部は山頂から16km以内の深さにあったと見積もっています。つまり、マグマ溜まりは山体の中に形成されていたようです。また、南側の溶岩の流れの向きは、現在の傾斜の向きと反対方向になっており(高いところに流れている)、最後の噴火が起きたあとも、マグマ溜まりへのマグマの供給は続いたという指摘もあります(Mouginis-Mark and Wilson, 2018)。もしかすると、オリンポス山は将来、再び噴火するのかもしません。

​2.2. 山腹

​カルデラ付近の山腹は、Hummocky Unitの地形が多くを占めていますが(Morris and Tanaka, 1994; Bleacher et al.,2007)、標高が下がると、幅が数百メートルの直線に伸びた、チャンネル状の溶岩流の割合が多くなります(Bleacher et al., 2007)。また、チャンネル状の溶岩流の上流には、幅数キロから20キロメートルの、扇形をした溶岩流がしばしば見られ、さらにその上流には溶岩チューブの地形が観測されています(Bleacher et al., 2007)。溶岩流の流れを詳しく観測したBruno et al. (2005)も、やはり溶岩チューブは標高が高い領域、チャンネル上の溶岩流は低い領域で割合が多くなっているという結果を得ています。これらの観測からBleacher et al. (2007)は、オリンポス山の溶岩流は溶岩チューブとして流れ、局所的に小さな傾斜(2度未満)の場所で溢れ出して扇型に広がったあと、チャンネル状に流れていく傾向にあると述べています。Basal Scarpの上部、傾斜が小さい領域の溶岩流は、表面が比較的なめらかなTabular Unitという形状が多くの割合を占めており、平らな場所で溶岩が広がったものと考えられます(Bleacher et al., 2007)。

 

ただし、山腹の溶岩がどのように流れたかについては、さらなる研究が必要です。例えばオリンポス山の山腹では、標高が低いほど地表の年代が新しくなっている傾向があり、ハワイの火山のように、山腹から噴火が起きた可能性もあります(Morris and Tanaka, 1994; Werner, 2009; Peters and Christensen, 2017)。Bruno et al. (2005)は頂上付近から流れた溶岩は圧力が低いため溶岩チューブになり、一方山腹から噴火した溶岩は圧力が高くチャンネル状になるのではないかと推測してます。また、マグマの粘性などの性質は時間とともに変化している可能性もあります(Bleacher et al., 2007)。

 

Basievskaya et al. (2006)の解析によると、溶岩流の厚みは山腹で4-11 m、カルデラの縁では4-26 mになり、なだらかな山腹も、数メートルの起伏に富んでいるようです。また、溶岩チューブにはところどころ陥没した穴(スカイライト)が観測されており、その深さは10-22 mと見積もられています(Bleacher et al., 2007)。

​2.3. 山麓

​オリンポス山の山麓に広がる、高さ数キロメートルのBasal Scarpの周辺地域は、場所によって地表の年代に大きなばらつきがあり、33億年前の地表がある一方、数百万年という、オリンポス山の中で最も新しくできた場所もあります(Neukum et al., 2004; Basilevsky et al., 2006)。このことから、オリンポス山の山麓では、火山活動だけでなく、地質学的な活動も起きた(もしくは今でも起こっている)と考えられています(Basilevsky et al., 2006; Weller et al., 2014)。

Basal Scarp周囲の地形は東側と西側で異なっています。西側の麓で特徴的なのは、崖の下から山の外側へと、舌が伸びたような地形が形成されていることです(図7 a) (Neukum et al., 2004; Head et al., 2005; Basilevsky et al., 2005; Milkovich et al., 2006)。これらの地形は地球のPiedmond氷河という氷河地形に形が似ていることから(図7 b)、オリンポス山の西側山麓には氷が存在している可能性が指摘されています(Neukum et al., 2004; Milkovich et al., 2006)。実際に氷があるかどうかを確かめるには、さらに観測を行う必要がありますが、火星では過去自転軸が大きく傾いていた時期があることが指摘されおり(例えばLaskar et al., 2004)、45度の自転軸を考慮した気候モデルのシミュレーションでは、大気中の水分が凍ってオリンポス山の西側に、数百メートルの氷が数千年の時間スケール(1年間に30-70mm)で堆積することが示されています(Forget et al., 2006)。現在の火星の自転軸では、オリンポス山の緯度では氷は昇華してしまいますが、氷の上に十分な厚さのダストが積もった場合、そのダストが覆いとなって氷の昇華が遅くなると考えられています。ここから研究者たちは、オリンポス山の氷河地形は、氷にダストや周囲から落ちてきた岩などが覆いかぶさった岩石氷河(Rock Glacier)のようなものであると推測しています(Head et al., 2005; Milkovich et al., 2006)。ただし、氷河地形は場所ごとの年代がばらばらであることから、いくつかの段階をふんで形成されたようで、可能性としては崖の上部で形成された氷が、ダストや岩を巻き込みながら、ゆっくりと流れ落ちたことなどが挙げられています(Neukum et al., 2004)。これらの氷河は、現在では活動していないと考えられています(Neukum et al., 2004)。

オリンポス山西側斜面

図7:​ (a): Basal Scarp 西側斜面と (b): アラスカのMalaspina氷河.西側の山麓には舌状の地形がいくつか見られる(黄色の領域).これは地球の氷河と形が似ており,岩石氷河ではないかと考えられている. (a)の図はJMARSのMOLAデータを用いて作成.(b)の図はhttps://www.nasa.gov/mission_pages/landsat/images/index.htmlから引用(Image Credit: NASA/USGS).さらに詳細な図はMilkovich et al. (2006)を参照.

その一方、東側の麓では岩石氷河のような地形は観測されておらず、氷は存在してないようです(Basilevsky et al., 2006)。その代わり、東側の崖の麓では、ひだの形をした逆断層(Wrinkle Ridge)や、溝状の地形が観測されており(図8)、現在でも地質学的な活動が起こっているとの指摘もあります(Basilevsky et al., 2006; Weller et al., 2014)。

オリンポス山東側斜面

図8:​ Basal Scarp 東側斜面.東側の斜面は氷河地形は見られないが,代わりにひだ状の逆断層や溝が見られる.

この溝は粘性の低い溶岩が地表を流れたか,もしくは地中の水が溶岩の熱で温められて噴き出したことでできたと考えられている.​JMARSのHRSCデータを用いて作成.

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